健全なる精神は健全なる身体に宿る

先日、ひさしぶりに通いなれた皮膚科にいった、

診察は丁寧で人気があり、それまで何時間も待つが患者は後を絶たない。

 

受付をすませ、なんとなく上を見ると

「薄毛治療」の文字

そう

実は、四月、私は自分にハゲがあることを気付いた。

というか見つけられた。

「小さいから円形脱毛症だと思う。

 でももう少し生えてるから四か月前くらい?

 その時くらいに、なんかあったの?」

知識のある第一発見者はにこやかな笑顔で訪ねてきた。

 

 失恋だった。

 

夏のピークからこじらせた失恋は、

なんやかんやと年末まで私を苦しめたのだった。

発見された時は、せめてもの救いで新しい恋がはじまっていた。

(数か月後に、ひどい形で終わるが、その話はまた別の機会に)

 

ただその時は、仕事のほうは、

ガムもびっくりのブラックブラックっぷりで

その後もしばらく、息も絶え絶えだった。

今思うと、よく生きた伸びたと思う。

フラッシュバックする記憶。

頭皮にしびれのようなチリチリするような刺激を感じた。

 

できるだけ、薄毛治療ポスターを見ないようにして

待合の週刊文春バックナンバーに集中して、名前が呼ばれるのだけをまった。

 

女医さんは相変わらず元気で、いつかより白髪は増えたが、

肌はアンパンマンのように照り艶がよかった。

 

うれしくて「おひさしぶりです」と挨拶をした。

 

そして、おもむろにトレンカを膝までたくし上げ

湿疹がひどくなりアトピー用語でいう滲出液が出て汚くなった患部を見せた。

あまりの勢いでかさぶたが剥がれ鮮血が流れ出た。

 

「あらやだ、出血してるじゃない。

 こんな足で、もうすぐクリスマスなのにどうするのよ!」

 

診察室に、演技かかった女医の声が響いた。

 

私が滝川クリステルならやっただろう

「ク・リ・ス・マ・ス」(・人・)

 

しかしその後も、相談事を抱えており

あいまいな笑顔で、「ですよねー」と逃げるしかできなかった。

 

 

クリスマス?

 

記号化して、なんの意味をも持たないようにさせていた5文字が蘇った。

 

そう、クリスマスとは、とびきり魅力的な自分にリボンをかけて

愛する恋人に一晩中愛でてもらう日という意味だったのだ。

 

サンタクロースも、

クリスマスツリーも、

ブッシュドノエルも、

地味すぎるのに浸透してきたシュト―レンも

隠語にしかすぎなかったのだ。

 

しかも、

私にその真実を突きつけたのは、私の汚いところばかり見せてきた

古くからの付き合いの女医だったのだ。

 

いつからしてないだろうね。クリスマスイブデート。

 

したことないわけじゃないから、昔の自分が蘇る。

羨ましいような、悲しいような気持になる。

 

この年になって

「クリスマスまでに恋人作る」とか

もうちょっと言えなくなってきてるしな。

そういうインスタントな関係とかよくないよ、とかじゃなく

できない自分が見えるから。

 

もしできても

「今まで作れなかった恋人が期限持てば即刻出来ただと!なにをぬかすか!」

烈火のごとく怒り狂う「寂しさの化身」の過去の自分が見える。

過去の自分に呪われてるのか?

 

じっと手を見る。

じっと手を見る。

 

そういえば

「美意識は爪に出る」と聞いたことがある。

 

私の短い爪、何かを思って塗ったはずの真っ赤なネイルは、

ぼろぼろで艶を失い、ところどころ剥げおち

まるで傷だらけの心が肉が裂け、血がにじみ出たかのようだ。

 

「あらやだ、出血してるじゃない。

 もうすぐクリスマスなのにどうするのよ!」

 

悪意のない先生の声が、遠くで繰り返していた。