迷わず行けよ、行けばわかるさ

 
    「……?ここ、どこだっけ」
 
さっきまで楽しくワイン片手に美味しいご飯を食べながら
楽しくお喋りしてたのは確かなんだけど。
時計を見れば午前5時、薄暗い部屋の中ふかふかのベッドと糊の効いたシーツに
一糸纏わぬ姿で横たわっている。
 
大きな腕、ちょうどいい体温、聞こえるか聞こえないかの微かな寝息。
 
    「…???」
 
この人なんかイイな、って感じたことは思い出した、
フィーリングとか直感とかビビビと来ただの、まあなんでもいいけど、
「しっくりくる」ってやつ。
 
    そうそう、そうだった。
 
それだけ思い出してまた居心地の良い腕枕でとろとろとまどろむ私。
 
「…トイレ行ってくるけど、その間さみしくならないでね」
彼が起きた。
フワっと良い香りがしてまた思い出した、そうだ、この感じ。
 
彼の話す言葉も発音の仕方も間の取り方も、香りまでも心地良かった。
 
顔つきも背格好も身につけているもの全て、彼らしさが出ていた。
よく知らないけど、おそらくそうなのでしょう。
 
私を褒めてくれる言葉の選び方も、差し出す選択肢も醸し出す雰囲気も
肌質も何もかも完璧だった。
 
    知らないことをもっと知りたい。
 
 
なのに。なぜ。どうして。
 
なんであの日も酔っ払ってしまったかな。
しっくりくるってコレだよ!って思った気持ちをフルスロットルにしたまま、
なんで。
 
「もう一軒行こう、ゆっくり話そうよ」
って彼は言ってた(らしい)のに、フニャフニャに酔っ払ってどうにもならなかった(らしい)私。
 
「『あの子さらって行ったら、タダじゃおかないからね』って言われちゃったよ」
苦笑する彼。
 
    なにそれ、知らない。
    他にも何かあったに違いないけど、わざと聞かなかった。
    またお酒だよ。学習能力ってなんだっけ。
 
 
-「オトコは一度目的果たしたらそれで満足だからね」
よく聞く話。何度も耳にした。狩りがなんちゃらいうやつ、知ってる。
 
-「あの日が忘れられなくて…」
っていう話、聞いたことある。
あり得ないと思ってた。まさか自分がそこにハマるとは。
 
 
また会ってみたいなあ、
なんて思う私はダメ女の焼印をジュウジュウと押されるんだろう。
誰にも言えない臆病者め。
恋愛偏差値って言葉知ってるだろうが。
 
忘れられないとかいうんじゃなくて、ただもっと知りたいと思って。
なんの根拠もないけど、きっとパズルの最後のピースみたいに
ピタッと合うような気がして。
なんだこれ、言い訳?
 
どこかでバッタリ会うようなことがもし万が一あったとしたら、
どんな顔して何を話せばいいんだろう。
そもそも会うことがあるんだろうか。
 
確率は限りなく低いが、必要であれば会える気がしている。
朋ちゃんが歌ってた、“会えなさそうで 会えそな気がしてたから生きてた”ってやつ。やりおるな、さすがTK。
 
とか考え出すあたりどうかしている、重いどころの騒ぎじゃない。
こんなことどの口が言ってるんだろう、勘弁してくれ。
読んだ人みんな引いてるよ。
連絡先聞かなかったのも聞かれなかったのも、何よりの答えじゃないか。
超シンプル。
 
今どき、ゆきずりの相手との再会について思い巡らせちゃうだなんて
シンデレラだって爆笑するだろう。
「ねえあなた、ガラスの靴履いたままで何言ってるのよ。」
 
ついでにフェアリー・ゴッドマザーにも言われそうだ。
「12時を過ぎたら魔法が解けるなんて常識でしょう。だいたいそれは本当にガラスの靴なのかしら?」
 
嗚呼、手掛かりのない手ぶらの王子様。彼は私を思い出しもしないのでしょうか。
「ただ待ってるだけじゃハナシにならんのだよ。」
現実はいつだって厳しい。
はい。そうでした。存じております。
 
 
踏み出すのがこわかったんだろうな、なんて一旦は片付けたけど、
踏み出す方向も手順も間違えちゃったな。
AかBの壁を選んで勢い良く飛び込んだら、ハイ残念、泥沼!みたいなアレ。
 
天使と悪魔が脳内で囁くって表現よくあるけど、
次行け、次 って言葉 と おぼろげになりつつある彼の笑顔が頭に浮かぶ。
キレイな箱に収めておくべきだろうか。
 
 
進もう、進まなきゃいけない。迷ってる場合じゃない。
ちょっと駅に停まってみただけ。
 
    そういうことにしよう。
    でも。箱の蓋を閉じる手が迷う。
 
 
“人は誰でも しあわせさがす旅人のようなもの”
 
ちょいとメーテルよろしく、あの雰囲気を纏った気分になったところで
顔をあげてみれば鏡に映るのはメーテルのメの字もない、
髪も睫毛も短いいつもの私だ。せわしく働く灰かぶり姫。
 
いつまで旅すればいいんだろう?
希望の星ってどこなんだろう?
私の青い小鳥はどこに居るんだろう?
ウンターが999からカチリと1000に切り替わるのはいつなんだろう?
 
 
私の足元を浸食しながらどこか深い泥沼に落ちるあの音がまた聞こえる。
 
 
早く行かなきゃ、列車が出てしまう。